『彼女の趣味』
 拓弥と杉本が駅前の広場にいる。二人はインターネットの出会い系で知り合った。
「ボクの彼女をボクの目の前で抱いてください」という杉本の呼びかけに応じたのだが、肝心の彼女が待ち合わせに現れない。杉本は、なぜこんなことを始めたのかと、訥々と話し始めた。

 変わった性癖というものは昔、隠すものでした。それはどういった性癖であれ、変わった趣味を持っていると公言したならば、その人の社会的な信用が失落したからです。というわけで、人は匿名あるいは無名性を獲得したら瞬間から、こぞって自分の性癖を明かしはじめます。そういった事態が、ずいぶん前から(インター)ネットで起きています。そういうのはどうなんだろう? と無理矢理問題にするつもりはありません。物語の作り手が考えるのは「だったら、それはどうやったら物語になるのか」だけです。しかし、それを暴くことでカタルシスを得るという話を作るわけにはいきません。それは実は、性癖を暴露している人達とあまり変わらないんです。性癖を明らかにする人、その性癖を覗きたがる人、というのは同じでしょう。もちろん、興味をもって、まず覗き見るということは一つの入り口ではありますが、その奥にどんな仕掛けが用意できるのか? を、思いつかないかぎり、題材にするべきではないと思うのです。

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